サイレントセールスブログ

積み重ねるのは売上ではなく信頼

営業の仕事は売ることである。

それは間違いない。

結果、売れればいい。

ただ、言えるのは、
瞬間的に売れればいいというわけではなく、
今月も来月も、ずっと売れる必要があるということだ。

頑張って頑張ってなんとか今月の目標を達成した。

でもまたすぐに翌月のノルマがやってくる。

また、ゼロから頑張らなくてはいけない。

それがずっと何年も続くのだ。

そう考えると、営業の仕事が憂鬱になってしまう。

私も新人営業マンだった頃は、
そんな自分の将来をイメージして暗い気持ちになったものだ。

やっとの思いで今月のノルマにたどり着いたのに、
また明日から地獄の日々がやってくる。

これから一生ラクにならないのかなあ。いやだなあ~。

月末近くになって、
まだ売り上げが足りないとき。

なんとか売ろうと力が入る。

目の前のお客さまに売ろうとする気持ちも強くなる。

多少強引になろうとも構わない。

相手が、
「来月になったら検討するよ」と言っていても、
「いや、今月になんとか!」とお願いしてしまう。

その結果、相手の気分を害して断られたりもする。

もう少し余裕があれば、来月の売上を確保できたのに、
それすらも潰してしまう。

それこそ底なし沼のように、
もがくほど抜け出せなくなる。

目の前の人に売ることに固執していると、
その人からの信頼は得られない。

たとえそのときは買ってくれたとしても、
次はない。

強引に売り込んで、相手が根負けして

「じゃあ、今回だけだぞ」

と買ってくれた人でも次は買ってくれない。

(もちろん、商品を気に入っているなら別だが)

たとえば飛び込み営業をしているとき。

訪問した相手すべてに売り込もうと考えていると、
その先の進歩がない。

1日10件訪問して強引に売り込んですべて断られた場合、
その日の仕事の成果はゼロだ。

そのゼロという意味は、売上だけのことではない。

強引な売り込みをして断られた相手に、
後日また訪問できるかというと、まあムリだろう。

相手も会ってくれないだろうし、
こちらからも行きにくい。

すると、その10件の訪問というのは、
まったくのムダになる。

ところが、
10件訪問して結果として売れなかったとしても、
次にまた会いに行ける状態をつくれたとしたら、
その日の営業成果はゼロではなくなるのだ。

そもそも訪問した相手がすべて強いニーズがあるかというと、
そんなことはあるわけがない。

軽いニーズがある場合だってあるはずだ。

すぐに必要はなくても、そのうちにニーズが発生する、
いわゆる「そのうち客」である。

リクルート時代も、お客さまのニーズに合わせて
AヨミとかB読みとか言っていた。

そのうち買うという相手に対して、
強引な営業をしていては、そのニーズの芽さえも潰してしまう。

訪問の目的を「売る」から「信頼を得る」に切り替えると、
結果的に売れる営業になれる。

しかも営業するほどに楽になる。

10件訪問したときに、
たとえ売れなかったとしても、
また次に会いに行ける関係が作れたら、
その日の成果は「10件の見込み客を作った」となる。

どうだろう。

頑張って売り込んで断れて帰ってくることを考えると、
見込み客が増えたという成果を出したほうが、
営業活動が前進していると思えないだろうか。

それがモチベーションにもつながって、
続けることができてくる。

売れている人というのは、
その「そのうち客」をたくさんもっているのだ。

これもリクルート時代の話だが、
営業所の壁にはグラフが貼ってある。

営業マンの成績グラフだ。

売れない頃は、そのグラフを見るのが苦痛だった。

売上ゼロの状態が続くと他の営業マンとの差がつらかった。

で、月が替わると新しいグラフが貼られるのだが、
売れている人は、すでに棒グラフが伸びているのだ。

翌月やそれ以降の売上を持っているのである。

ときには、新しいグラフが貼られたときには、
すでに目標を達成していることもあった。

そういう営業マンは、
その月の営業活動はすべて翌月以降のために行っている。

だから、あくせくしていないし、
気持ちにも余裕がある。

お客さまと電話をしている声も、いつも楽しそうだ。

まさに信頼関係を結べていると言える。

私にとっては理想の営業スタイルだった。

だから、
いま買ってくれなくても、
また会いに行ける状態を作るためには、
どうしたらいいか、という思考で訪問すべきなのだ。

相手のことなどお構いなしに売り込んでくる営業マンと、
また会いたいと思うか?

そんな人を信頼できるか?

その人を友人に紹介したいと思うだろうか?

では、信頼されるためにはどうしたらいいのか?

その答えは、目の前の人に売り込まないこと。

その代わりに何をやるかということについては、また次回。