以前セミナーを終えて何か質問はないかと受講者に聞いたとき、
こんな人がいた。
「断られた人に売るのが営業の醍醐味だと思うので、
私は今日の講義には疑問です」
まだ若い営業マンだったが、
自分の意見をきちんと言うその姿勢は偉いと思った。
それに対して、いろいろ言いたいこともあったのだが、
その場は、
「なるほど、いいんですよ。人それぞれですからね。
私は強制しませんし・・・」
と、彼の意見を認めた。
でもこの一言を加えることも忘れなかった。
「ただ、私のところへは営業に来ないでね」
彼は自分の考えを信じているようだったので、
それに反論してもしょうがない。
(もちろん論破する自信はあったが)
いつか、気づいてくれることを願いながら、
その場はそれで終わった。
ところで、彼みたいな営業マンはたくさんいる。
でも本当に心から「醍醐味」だと思っているのかというと、
それは大いに疑問だ。
彼らの多くは、そう思わされていると感じるからだ。
これは私が学生の頃のアルバイトの話。
友人とかなり給与が高いバイトをやることにした。
それは、学習教材の訪問販売だった。
私は内容も知らずについて行った。
こじんまりした事務所に入ると、
すでに何人かのアルバイトたちが集まっていた。
そこで、やることの説明を受けた。
要は、担当エリアの地図をもらって、
その家に飛び込みで訪問して教材を売る仕事だった。
いま思えば、とんでもないバイトだ!
その獲得件数で給与が高くなる仕組みである。
もちろん、売れなければゼロだ。
で、何よりも驚いたのが、その担当社員である。
一通りの説明が終わると、
おもむろに大声を上げたのだ。
「我々は、この仕事を誇りに思っている!
子供の教育は何よりも大切だ!
だから、これを売るのは社会的意義があるのだ!」
正確なセリフは忘れたが、
たしかこんなような内容だった。
それに対して、返事を促される。
声が小さいと、何度も大声で言わされるのだ。
まるで軍隊だと思った。
私が営業で掛け声を言わされた初体験だった。
でまあ、結果は・・・売れるわけがない。
友人はその日で辞めて、私は2日目で辞めた。
お客さまからの断りが厳しい営業では、
そのような営業スタイルのところがいまでもある。
気合と根性で乗り切る系だ。
そして、もうひとつ「洗脳」である。
その困難を乗り越えた先には大きな喜びがあるぞ。
それを味わうことこそ営業の醍醐味だ!
と、若い営業マンたちに思い込ませている。
さらにそういう会社は、魅力的な歩合制であることが多い。
成果の分だけ給与が上がるという、
お金をエサに働かせる仕組みだ。
しかし、現実には多額の給与をもらえている人は、ほんの一部だけで、
残りは、薄給で駆けずり回っていたりする。
そして売れない人はどんどん辞めていく。
営業の喜びって何なんだと思う。
たくさん売ってたくさん給料をもらうことか?
でもそれだけだと、
とにかく売ることを重視しすぎてしまい、
お客さまの都合など関係なしに売ろうとしてしまうだろう。
それでいいのか?
また、冒頭で出てきた、
「断られた人に売るのが営業の醍醐味」
というのは、これも乱暴な話である。
営業マンの自己満足のために、
お客さまを利用しているように聞こえる。
百歩ゆずって醍醐味を感じるのだとしても、
それは営業マン側の話であって、
断っているのにしつこくされて、
しかたなく買わされたお客さまは、
決して醍醐味を感じることはない。
でも、ムリに売りつけて帰ってくると、
上司はそれを褒めるのだろう。
よく頑張って売ってきた、と。
どうだうれしいだろう、と。
次も頑張れ、と。
それこそが洗脳である。
そのときに営業マンがうれしいのは、
上司が褒めてくれることでしかない。
上司に褒められるためだけに仕事をしているようなものだ。
それを、醍醐味だと思わされている気の毒な営業マンだった。
もちろん、営業という仕事であるからには、
売ることが大前提である。
売れもしないでお客さまと仲良くなるだけで満足しているのも、
違うだろう。
でも、自分が売ることに特化して、
そればかりを追求しようとしても、今の世の中には通じない。
不快な思いをした人は、
二度とその営業マンからは買わないし、
その商品や会社にも反感を抱く。
それは、口コミとなって、
悪評につながる。
結果、売り込むほどに売れなくなっていく。
まあだからといって、
お客さまばかりが喜んで、
営業側が不快な思いをするというのもダメだ。
やはり商売である以上は、
お互いにメリットを感じたときに取引が成立する。
双方が満足できなければ意味がない。
その状態になることが、
営業マンが満足できるもののひとつだと思う。
ただ私的にはもうひとつある。
それは、お客さまから自分が認められたと感じたときだ。
リクルートで営業をしていたときは、
社長などのトップと話す機会が多かった。
そのときに意識していたのは、
いかに上手に説明するかなどではない。
そんなことをしても通用しないのはわかっていた。
まずやらなければいけないのは、
「お、こいつは若いくせになかなかやるな」
と思ってもらうことだ。
まずは、一目置いてもらうこと。
それしか考えていなかった。
で、営業マンとしてお客さまから認められたときこそが、
私にとっては大きな喜びだった。
それは、自分の存在を認められた気持ちになれるからだ。
そうなると、結果がしっかりとついてくる。
売れるのだ。
しかもこちらの提案をきれいに受け止めてくれる。
どちらか一方にムリが生じることもなく、
気持ちよくやりとりができるのだ。
そうなってくると、ある現象が起こる。
スカウトされるのだ。
ここはちょっと自慢に聞こえるかもしれないが、
私はよくスカウトされていた。
この営業マンをうちに欲しいと思ってもらえるというのは、
なによりも営業冥利につきるというものだ。
それこそが醍醐味と言えるだろう。
社長などへのトップアプローチをしようとしている営業マンは多いが、
まずはどうやって会うかということに焦点を当てすぎているきらいがある。
もちろん、会うことができなくては何にもならないのだが、
だからこそ、
会ってからの準備を完璧にしておくべきだ。
会うことよりも、
会ってからどうやってこちらに振り向いてもらえるかを
考えておかないと意味がない。
社長と対面したときに、
私がどんなことを考えていたのか?
それを次回にお話ししよう。